ツー・イン・ザ・ボックス

Think Hardという本を読んでいる。

https://www.amazon.co.jp/HARD-THINGS-%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84/dp/4822250857

シリコンバレーで最も注目されるベンチャーキャピタル(VC)、アンドリーセン・ホロウィッツが、自身の体験を元に、ベンチャー企業経営におけるHard Thing(しんどい体験)を赤裸々に綴った本である。自分で嫌というほどベンチャー企業の経営に伴う痛みを経験した上でベンチャーキャピタルをやっているのだから、それはVCの成功率も上がるものだろう。

この本に描かれていることは、私が経験したことと非常に類似した現象が多く、感動すら覚える。一方で、私が経験したことは、唯一無二の事象ではなく、企業がスタートアップ状態から発展・成熟する上で、ほぼ必ず経験する過程であるようなので、その過程の一つ一つの痛みを経験しておくというのは、好ましくはないが、貴重な経験ということになる。願わくばその課題一つ一つのソリューションでも引っ提げられれば引く手あまたのコンサルタントになれるのだが現実にはそんな簡単なものではない。一個人で解決できるような生易しい課題ではないのだ。

興味深かった記述がひとつの役職にふたりを据える(ツー・イン・ザ・ボックス)である。以下抜粋:

傑出したふたりの社員がいて、論理的にはどちらも組織図の同じ役職に適合しているようなとき、あなたはどうするだろうか。たとえば、エンジニアリングを率いる世界レベルのアーキテクトがいるが、組織規模を次のレベルへ引き上げるための経験はない。もうひとりは傑出した戦略的な人物だが、技術にはあまり長けていない。あなたはふたりとも会社に置いておきたいが、ポジションはひとつしかない。 そこであなたは、「ツー・イン・ザ・ボックス」という名案を思いつき、わずかな経営的負債を抱える。短期的な利益は明らかだ。両方の社員を引きとめておける。どちらも育成する必要がない。なぜなら理論的にふたりは互いの成長を助け合うので、スキルの相違はただちに埋められる。しかし残念ながら、あなたは非常に高い利子を払うことになる。

第一に、あなたがツー・イン・ザ・ボックスを採用することによって、エンジニア一人ひとりの仕事はより難しくなる。あるエンジニアが判断を仰ぐとき、どちらのボスのところへ行けばよいだろうか。ひとりのボスが何かを決めた場合、もうひとりのボスはその決定を覆せるか。ミーティングが必要になる複雑な問題が生じたときは、両方のエンジニアリング部長のスケジュールを調整するのか。組織の目標は誰が決めるのか。実際、何度もミーティングを開く必要があるような目標を決められるのだろうか。 しかも、あなたは誰が最終責任を持つのかをあいまいにしてしまった。スケジュールに遅れが出たら、誰が責任を持つのか。エンジニアリング部門のパフォーマンスに競争力がなくなったら、誰が責任を取るのか。運用部長がスケジュール管理の責任を持ち、技術部長がパフォーマンスの責任を持っているなら、運用部長がエンジニアたちの尻を叩いてスケジュールを守り、その代わりにパフォーマンスを落としたら何が起きるのか。社員のパフォーマンスが落ちたときには、あなたはどうそのことを知るのか。 いずれの場合にも本当に大きい代償は、時間とともに、事態は悪化していく傾向にあることだ。ごく短期的には、ミーティングを増やす、あるいは仕事を明確に切り分けることで、影響を減らせるかもしれない。しかし、忙しくなるにつれ、かつては明確だった境界線がぼやけ始め、組織は退化していく。ついには、あなたが苦しい決断を下し、リーダーをひとりにして負債を一括返済しない限り、エンジニアリング部門は永久に腐ったままになる。

 

長々掲載したが、非常に散見される例なのである。成熟しきった組織だけに身を置いていると信じがたい現象かもしれないが、スタートアップというのは「全員野球」状態で、みんなが全部の仕事をやる。そのためみんながみんなの仕事を知っている。同列の同僚も少ないので、人事の施策は個人別にカスタマイズすれば良い。

問題はスタートアップが大きくなって来たとき。急激な成長により従業員数は100倍増、通常業務に忙しくてプロセス・ルールの整備は追いつかない。同列に複数の同じ能力を持った人が出てきて、どちらも失いたくない。かと言ってどちらかを上か下にすると不満を持って辞めるだろう。なので同列のちょっと違うタイトルで、同じ報酬と権限を与える。その二人は満足かもしれないが、部下のメンバーたちは両者の合意を取らないといけないので、意思決定の遅れ、クオリティーの低下、それに伴うメンバーの士気低下、結果的に二人のdirector/managerの対立を引き起こし、最終的社内に混乱を残したままにどちらかが会社を去るという結果を招く。
ソリューションとしては、組織が巨大化する前に人事ルールをちゃんと整備して、フェアで透明性の高い人事評価が可能な環境を整えておくこと、という至極全うで普通のことなんだけど、それができないんだよね。